どんな人が出世するのか??正しい努力とは??

どんな人が出世するのか?

責任を周りの人に押し付けることができるイケイケな人間が出世できるような気がします。

政治家などがよく「記憶にございません。」とか「私の責任ではありません」とか「事務方から説明させます」など、自分には火の粉が飛ばないように立ち回っているのをテレビなどでも見たことがあると思います。

そういう社会的に偉いと言われてている人、職場の役員など、地位が高い人は、だいたい、自分で責任を取らない、逃げ回ってうまく立ち回っているなーと私はよく思うんですが、それはむしろ、因果関係が逆なのかもしれません。

何かというと、責任を自分で取らず他人に押し付けてきたから、大きな組織で上に立てるのかなと思うんです。

なんでもかんでも、自分が真摯に受け止め、責任を取りますなどと、対応していると一向に仕事は、前に進まないし、人とは違う成果をあげるのは難しいのかもしれません。

だから、私自身、ときどき男気を出して、いろんなことを助けるようと思うときはありますが、自分で気持ちよくなっているだけで、自分自身のためになっておらず、がつぶれていくのではないかと最近思います。

情けは人のためならずとは、良く言いますが、なんでもかんでも「みんなのために」「みんなが幸せになるように」みたいな正義感でやっていても、一向に自分の立場はよくならないし、自分のためにならないということです。

実際は公務員組織で働いていると、いろいろな仕事が他部署が降ってきますが、いかに自分の分担だけをきちんとこなし、少しでも担当から外れていると、「自分の仕事ではない」と押し返すように、仕事を常に相手に打ち返し、ボールを自分で持たない職員が一番、いいポジションにいるような気がします。

おぜん立ては、他人に任せ、おいしいところだけをとるイメージです。

なので、出世できない人は、常に仕事を自分で持ち続け、ボールが常に自分にある状態でいるので、どうでもよい雑務に忙殺されるようになります。そうなると、新しいことにチャレンジできず、人とは違う成果を出すために費やす時間がなくなり、潰れてしまい、あげく、「あいつは期日どおりに仕事ができない」とレッテルを張られ、出世の道がなくなると思います。

才能と努力について

すべてこの世の中、才能というのはわかるんですが、成功するためには才能と努力を掛け合わせた数字で決まると思います。

人間としての、才能の最大値が5、努力の最大値が5として、両方とも5を発揮すれば、5×5で25まで成果を出せるという式が成り立つとすると、片方が、1だと、その一方を掛けても成果が大きくならないんですよ。

才能が2しかない人でも、努力を5にすれば、10になるんです。

ただ、この努力をはき違えて無駄な努力をしていると、費やした時間に関わらず、努力値がずっと1なわけです。私も現在、長い時間を割いていろんなことにチャレンジしていますが、おそらく努力値はまだ0だから、何も結果が出ていないんでしょう。

私は野球をしていたので、野球の話で例えると、毎晩寝る前に500回バット振ったからって、必ずプロ野球選手になれるかって言うと絶対そうではないんです。

おそらくプロになるような人は、毎日500回ぐらいは、みんな当然のようにこないしています。

それを努力っていうかというと努力ではないんです。おそらくプロに行くような人間は、努力とも思っていないでしょう。

そこで、意味なく500回素振りをするしたら、単なる、腕の筋トレになるだけです。

同じ素振りをするにしても、実践を意識して一振り一振りをイメージしながら振ることが必要でしょう。

ピッチャーが居て、そのピッチャーが誰で、何球目で、どういうカウントで、っていうイメージをして、 意識することをしながら、バットを1回振る。この方法で500回振る人間と、一生懸命やっていはいるが、猪突猛進になにも考えずにただ500回振るだけでは、歴然とした差がありますが、500回バットを振ったという事実は全く同じですが、結果は異なってくるでしょう。

ただ、やるだけなのは、何の努力でもなくて、腕の筋肉がつくだけの自己満足なわけです。

実際は試合で結果を出せなければ、練習しても意味ないわけですから。

なので、努力もきちんと正しい方向でしなければ、それは努力ではないんです。

仕事に置き換えると

結論としては、自分がやりたいことを好きにやれと、最近の世の中は言われていますが、きちんと頭を使って、正しい努力をしなければ何の意味もないわけです。

要領よく生きるな、愚直に生きろ、とはよく言われますが、世の中の道理に従って正しく生きなければ、明るい未来はないということです。